供養コンジェルジュの樋口清美です。

「供養」というとなんとなく
縁のあった、顔が浮かんでくる人のために手を合わせる、
というイメージが強いようですが

お寺では
自分とは縁のない方への供養も積極的に行われています。
施餓鬼会(せがきえ)という、餓鬼や無縁の霊への供養もその一つです。

施餓鬼会などで手を合わせていると
なんだか、平和な世界で食べ物も足りている自分が
餓鬼たちをお坊さんと一緒に祈っている気持ちになりますが
実はそうばかりではなくて

祈っているはずの餓鬼とは
自分の心に秘めた醜さそのものだったりするそうです。

手を合わせる中で自分の中にある餓鬼に気づき
気づかせていただけたことを感謝してまた祈る。

供養は
一周回って自分に戻ってくるもので
誰に対して、何に対して手を合わせても
自分自身に手を合わせている面があり

それに気が付いた時
こころから「ありがたい」という気持ちがわいてくる
そういった
心にさす光に似たものではないかと感じています。