こんにちは、供養コンシェルジュの一言奈津江(ひとこと なつえ)です。

私は葬儀社にいて、毎日二つと同じご相談内容はない電話相談や生前相談に携わらせて頂いてます。

そこには多くの気付きがあり、勉強の日々を過ごしております。

ある生前相談の中からの忘れられない事例をお話します。

昨年の梅雨の頃、あるご主人様から事前にいろいろと話を聞いておきたいと電話が有りました。

葬儀社へのご相談事は、ご心配な方がいて家族から相談が入る場合、余命宣告を受けたご本人からの相談、お墓の事やお寺様のお布施、その他にもたくさんの相談の電話が入ります。

その中でも一番言葉選びに慎重になるのが、余命宣告のご本人からの生前相談です。

 

その方は入退院を繰り返してなかなか体調がすぐれないと仰り、マンションのロビーでお目にかかる事になりました。奥様に支えられて杖を突きながらご夫妻でお見えになりました。

「なんとお言葉をおかけしよう」、初めてお目にかかる時はとても緊張します。

「大切な人たちと笑顔で明日も生きていたい」、そう願う人達に葬儀社がお目にかかる事は決していい気持ちではないでしょう。もしも私がその立場ならばどう思うのか、色々な事が頭を過ります。

ならば葬儀社ではなく、思い切り近づいて親戚のような気持ちでいこうと決めてご挨拶をいたしました。

ご主人様の体調を考えていつもならば1時間かけてお話するところ30分で説明、メールが得意なご主人さまとは手紙やメールでやりとりをさせて頂きました。

年が明けて状況が変わり再びお目にかかった時は、ベッドに横たわり、ご家族と一緒のご相談になりました。

「抗がん剤で足が痺れていて辛いんだ。だらしない格好でごめんね。」と私を気遣ってくださいました。

「僕はね、親切な人に囲まれて本当に幸せに生きてきました。来てくれた人にありがとうと伝えて欲しいんだ。家内が挨拶するのを支えて欲しい、お願い出来るかな」と時折り涙ぐみながら私にお話になりました。

奥様は横で、うまく言えるかしらと心配そうな表情で聞いておりました。

「かしこまりました、私が奥様をお手伝いいたします。ご安心ください」と言うと、ご主人様がにっこりとして気持ち良さそうにお休みになりました。

桜の開花宣言が出された時、ご主人様は旅立たれました。

心配していた喪主のご挨拶、奥様が気丈に務められました。

あの日、私に見せた優しい笑顔のご主人様がきっと何処かで見守っていたような温かいお葬式になりました。

亡き人の思い、支えてくれた方に感謝を伝えるお約束が果たせた事、安堵いたしました。

葬儀社の相談員として働く私の仕事への向き合い方を、教えてくれた忘れられない出会いになりました。

 

供養コンシェルジュとして学び始めて早2年が経ちます。

過去の自分は、資格を取る事で満足、そこから先は学ぶ意識が希薄になる事も有りました。

この資格は毎日の仕事の中でどう気付き、どう感じて活かしていくことが一番の教科書だと思っています。

ひとつひとつの事例を記録して日々読み返しています。

「供養」の心とは、亡くなった人がいるいないに関わらず、『人を大切にする想い』で育まれていくのではないでしょうか。その人が好きな場所、好きな音楽、好きな言葉、街中で似た人を見かけてふとその人を思い出す。

誰かの記憶にその人がいる限り、命は永遠なのだと思います。

供養コンシェルジュだからこうあるべきではなく、優しい気持ちで人と向き合う心を養う事。

その願いを叶えてくれる場所、命について一緒に考えてくれる仲間いる場所を探していたら供養コンシェルジュに出会いました。